失われゆく、日本の馬。
列島に残るのは、千五百頭。
その一頭ずつと、暮らしている。
日本の地に古くから根づき、人と暮らし、田を耕し、神事に参じ、戦に出てきた馬たち。明治以降、より大きく、より速い馬への置き換えが進むなかで、列島の在来馬は静かに数を減らしていった。いま全国に残るのは、約千五百頭。倭式騎馬會は、その一頭ずつと暮らし、稽古をともにし、血脈を未来へつなぐ営みを、二十二年にわたって続けている。
在来馬と、暮らす。
私たちが日本在来馬とともに在ることを選んだのは、流鏑馬という神事のためでもあるが、それ以前に、彼らがこの列島の馬であるからだ。
「在来馬」とは、明治の馬政以前から日本列島に居続けた馬種を指す。背丈は人の肩ほど。体はがっしりと低く、蹄は固く、寒さに強い。何世紀ものあいだ、田畑を耕し、人や物を運び、神事に参じ、戦に出てきた。日本の馬とは、本来、こうした馬たちだった。
馬と暮らすということは、彼らの一日に、こちらの一日を合わせるということだ。朝、餌を運び、蹄を見て、毛並みを撫でる。一頭ずつに違う表情があり、違う癖がある。名を呼ぶたびに、私たちは、彼らがこの列島に居続けるための小さな一つの理由になっていることを思う。
在来馬を残すために、私たちにできることは多くない。けれども、八頭の馬とともに、毎日を積み重ねる。それが、今日の私たちにできる、もっとも確かなことである。
列島に、八種の系譜。
明治以降、外来種との交配が進められたなかで、いまも在来の系譜を伝えているのは八種。それぞれが、暮らした土地の風土とともに、独自の体つきと性格を伝えてきた。
温順で粘り強く、農耕馬としても祭礼馬としても古くから人々の暮らしを支えてきた。倭式騎馬會の主力馬種のひとつ。
軍馬として名高い南部馬の系統を継ぐ。寒さに強く、丈夫で粘り強い性格。倭式騎馬會のもう一つの主力馬種。
国の天然記念物。都井岬で半野生の状態で暮らし、群れの社会性を保ちながら世代を継いでいる。
急峻な地形の対馬で運搬を担ってきた小柄な馬。現存頭数はきわめて少なく、保護活動が続けられている。
亜熱帯気候のなかで生きてきた島馬。戦後一時は絶滅寸前まで減少したが、関係者の手で繋がれてきた。
日本最西端の島で受け継がれてきた在来馬。小柄で、人懐こい性質を持つことで知られる。
国の天然記念物。離島で長く隔絶された環境にあったため、古い在来馬の特徴を色濃く残す。
日本在来馬のなかでも最小級。今治の里山で農耕や運搬に用いられてきた、温和な気質の馬。
百年前、列島には百万頭を超える馬がいた。明治期の馬政、戦後の機械化、そして流通馬の主流化を経て、日本在来馬は静かに姿を消していった。家畜遺伝資源として、文化財として、その存続はいま、列島の課題となっている。
私たちの厩舎、ふたつの馬種。
倭式騎馬會の厩舎には、いま、木曽馬と北海道和種をあわせて八頭の在来馬がいる。それぞれに名前があり、性格があり、得意な走り方があり、苦手な季節がある。一頭ずつの生涯に寄り添い、稽古を重ね、神事に参ずる。私たちと馬たちの日々は、そうして積み重なってきた。
倭式騎馬會の主力馬種のひとつ。温和でありながら胆力に富み、矢音や太鼓、観衆の声のなかでも落ち着いて走ることができる。流鏑馬奉納の場で、もっとも多く射手とともに駆ける馬たち。
倭式騎馬會のもうひとつの主力馬種。中世から軍馬として知られた南部馬の系統を継ぎ、武の所作にも芯のある応えを返してくれる。寒さと粗食に強く、丈夫で粘り強い相棒たち。
倭式騎馬會の馬たちには、ひとつひとつに名前がある。朝、厩舎を開けて最初にすることは、その名を呼ぶこと。返事の代わりに耳が動き、首がこちらを向く。それが、私たちの一日の始まりである。
育てる、ということ。
馬を育てるとは、馬と生きるということだ。日々の小さな営みの積み重ねが、二十二年経って、いまの八頭になった。
倭式騎馬會の馬たちは、流鏑馬奉納の場で射手とともに走るための稽古を重ねる。だが、彼らの第一の仕事は「日本在来馬として生きていること」そのものである。馬具の重みに耐え、矢音に動じず、観衆の歓声のなかでも落ち着いて駆けるための稽古は、彼らの本来の性格 ── 温和で、粘り強く、人を信じる ── を引き出すことに他ならない。
奉ずるという、役目。
和種馬を残すための最大の難しさは、彼らに「役割」を与え続けることである。
農業の機械化、運搬の自動化、競技馬の高速大型化。そうしたなかで、在来馬の出番は急速に失われてきた。生きる場が、いつも問い直されている。
私たちの身近にある「絵馬」。社寺に願いを書いて奉納するこの板は、もとは生きた馬を神に奉る文化の代用として生まれたものだという。古来、雨乞いや厄祓い、国家の大事のたびに、人々は神社に「神馬(しんめ)」を奉納してきた。それが平安時代以降、しだいに馬を描いた板絵に置き換わっていった。絵馬は、神事における馬の役目が、徐々に象徴化されていった一つの証でもある。
倭式騎馬會が流鏑馬奉納を続けることは、絵馬以前の文化 ── 実際の馬を、神に奉ずる行為 ── の系譜に、いまも生身で連なるという選択でもある。和種馬に古来からの役目を、いまの時代に再び与えること。文化を残すことが、馬を残すことになる。馬を残すことが、文化を残すことになる。
流鏑馬奉納という古来の役目に立ち戻ることは、和種馬の存在意義そのものを担保する営みでもある。私たちは、奉納の現場に在来馬を連れ出し続け、後進の射手にも在来馬の扱いを伝え、子どもたちに在来馬の姿を見せる活動を、地道に積み重ねていく。
